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2017年12月 4日 (月)

江戸の城下町

総務部入江です。
いよいよ冬本番、インフルエンザ予防接種・・・そんな季節となりました。

先日ちょっと意外な記事を読みました。江戸時代の離婚率は実はかなり高く、とくに江戸の町は多かったそうです。男尊女卑だといわれている江戸時代ですが、実際は現在より離婚しやすい側面があったのですね。一般庶民は共働きが当たり前で、女性も働き口が多く、また結婚時の持参金が戻るため離婚をしても女性は手元にお金があることや、経済発展のため、人の出入りも多く、再婚チャンスも多かったことなどが理由とのことです。

ただ、当時と今では様子が違い、どちらに非があるにしろ離婚する権利は基本男性にしかなく、夫から妻に対して、離縁状を一方的に渡すものでした。離縁状を「三行半」と呼ぶのは、三行と半分程度の短い文章だからで、典型的な文言としては、「其方事、我ら勝手につき、このたび離縁いたし候、しかる上は、向後何方へ縁付候とも、差しかまえこれ無く候、よって件のごとし」。この場合、「離婚するのは私の都合であり、離婚したからには今後は誰と再婚してもかまわない」という意味あいです。

女性には離婚請求権がないため、夫に離縁してもらえない場合には、妻は駆け込み寺(幕府公認の一つ:鎌倉/東慶寺)へ行き、そこで寺役人によって協議離婚(内済離縁)へと進み、それでも夫が「三行半」を提出しない時は「御寺法」が発動され、自分に非がない限り離婚が成立(寺法離縁)となるようです。ただ、こちらの法が発動された場合では妻は寺で何年か奉公修行をする必要がありました。この東慶寺の制度は、明治4年廃止となり、その後女性に離婚請求権が認められました。また当時は、いろいろな訴訟のために地方から出てきた人々が泊まれる公事宿があり、そこでは現在の士業にも通じるような訴訟に必要な書類を清書したり、手続き代行、弁護人的役割をする人もいたそうです。

センター試験「日本史B」には「三行半」に関する問題も出ていたようで、「江戸時代の農民の家や暮らしに関して述べた次の文X~Zについて、その正誤の組合せとして正しいものを、下の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
(出典:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52427

X 田畑の相続にあたって、分割相続が奨励された。
Y 離縁状(三下り半)は、再婚を許可する役割も果たした。
Z 信仰のための組織として、庚申講(こうしんこう)がつくられた

 (1) X正 Y正 Z誤 
 (2) X正 Y誤 Z誤 
 (3) X誤 Y正 Z正 
 (4) X誤 Y誤 Z正 

正解は(3)。
Xが誤りなのは「分割相続」という箇所、鎌倉時代の武士の相続方法で、江戸時代の農民は大地主でないかぎり、次男以下に田畑を分割するのは認められていなかったそうです。時代劇や歴史でしか知らない遠い江戸だったのですが、時代のしきたりや制度は違っても、現代とも通じる暮らしぶりもありそうで入り込むと親近感が湧いて面白そうです。

B1

B2


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